吉田純子元死刑囚の生い立ちは? wikiは? 子供は? 現在は? 最後は? 久留米連続保険金殺人事件

「久留米看護師連続保険金殺人事件」(黒い看護部事件)

で有名になった、吉田純子・元死刑囚についてまとめました。

 

「吉田純子 wikipedia」だと違う人が出てきてしまう(2018年10月時点)

ので、多少wiki風に。

 

 

吉田純子と久留米看護師連続保険金殺人事件

1998年(平成10年)から1999年(平成11年)にかけて、

吉田純子・元死刑囚を主犯とする、4人の女性たちが、

福岡県の久留米で起こした、連続保険金殺人事件です。

yoshidajyunko

元々、四人は学生時代からの知り合いでした。

同じ看護学校の生徒だったのですが、ただの

友達ではなく、「吉田」をボスとする主従関係

が作られていたと言います。

 

吉田純子が3人をマインド・コントロール?

吉田純子は、久留米市内の高級マンションの最上階に

3人の娘と住んでいました(夫とは別居中)。

 

共犯だった、堤美由紀、池上和子、石井ヒト美も同じマンシ

ョンに居住していました。

 

吉田純子は、「人間は嘘をつくが、金は裏切らない」と公言し、

金・モノへの執着が異常に強く物欲の権化のような女で自己

顕示欲が人一倍強い性格だったそうです。

 

(元々、軽いサイコパスだったのでしょうかね)


このため、堤ら3人に対して女王と奴隷の様な関係を強要し

吉田のことを、「吉田様」と呼ぶように強制していました。

 

実生活では、吉田の世話はもとより、3人の娘達の面倒も

共犯の3人にさせていた事が分かっています。

 

更に、吉田純子と堤美由紀は同性愛(レズビアン)の関係

だった事が明らかになっています。

 

吉田純子がマインド・コントロールで他の三人を操って

いたと考えられています。

 

贅沢な生活を維持するために、吉田純子は共犯の三人や、

それ以外の所からも多くの借金をしていました。

 

しかし、次第に借金返済に詰まるようになり・・・。

 

共謀して保険金殺人

最初の、保険金殺人は1998年(平成10年)。

被害者は、実行犯の一人、池上和子の夫。

 

看護士経験があるからか、「カリウム」を被害者に

注射します。

 

一度は失敗したものの、再度実行して殺害。

 

約3500万円ほどの保険金が吉田純子らに入りました。

四人の共犯と言っても、実質的に吉田以外の3人は、

マインドコントロールされていましたので、そのお金は

ほとんど吉田が手にします。

 

 

二度目の保険金殺人は、翌1999年(平成11年)。

今度の被害者は、これまた共犯の、石井ヒト美の夫。

 

今度はカリウムではなく、「空気注射」で殺害します。

 

これも看護士ならでは?

 

空気を血液に入れると、空気が血液の通りを邪魔して

しまい、血液が通わなくなると言います。

(こわ!)

 

吉田純子の手に渡った保険金は約3300万円。

 

看護師達が共謀して完全犯罪を達成!

 

いえいえ、人間、そんなに心は強靭ではありません。

共犯の一人、石井ヒト美が2000年に自首して、2001年

に、吉田純子を含む四人全員が逮捕されました。

 

吉田純子・元死刑囚の生い立ちは? wiki風プロフィール

吉田純子は1959年(昭和34年)、福岡県柳川市に生まれました。

父親は自衛官だったようですが、吉田純子が幼い頃に除隊し、

自動車修理の仕事をしていました。

 

兄弟は4歳下の弟が一人いました。

 

家は貧しかったようですね。

(当時はまだ日本全体が貧しかったですけど)

 

吉田純子の小学生時代を知る人によると、素行は悪くないが、

虚言壁があり、見栄っ張りだったとのことです。

 

また、物欲・金銭欲はかなり強かったようです。

 

家では、母親が躾けに厳しく、弟に比べて、あまり

成績の良くない、吉田純子に体罰を与える事もあったようです。

 

父は、母に対して当り散らす事もよくあったとのこと。

 

(まあ、昭和の福岡柳川なら、そんなに驚くような

環境でもない気はします。どこにでもありそうな家庭です)

 

 

1975年(昭和50年)、吉田純子は、私立佐賀女子高校の

衛生看護科に入学します。

1978年(昭和53年)には、虚偽の妊娠カンパでお金を集める

という詐欺をして、二ヶ月の停学処分を受けました。

 

(18歳か19歳にして、詐欺的行為をすでにしていたわけですね)

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1979年(昭和54年)、吉田純子は聖マリア看護専門学校

(現聖マリア学院短期大学)入学。ここで、後の共犯仲間となる

池上和子、石井仁美、堤美由紀と出会っています

 

吉田純子の子供は?

保険金殺人の共犯三人に自分の子供の世話をさせていた

わけですから、吉田純子には子供がいます。3人の娘です。

 

1983年、24歳で長女を出産(2018年時点で、35歳)

1987年、28歳で次女を出産(2018年時点で、31歳)

1989年、30歳で三女を出産(2018年時点で、29歳)

 

(全員、まだまだ若いですね・・・可哀想に)

 

吉田純子・元死刑囚の現在は? 最後は?

2004年(平成16年)吉田純子に福岡地裁で死刑判決

が言い渡されます。その後、

2010年(平成22年)最高裁で吉田純子の死刑が確定しました

 

吉田純子は死刑囚になったわけです。

 

他の三人は、2004年の福岡地裁の判決で、

元治験コーディネーターの堤美由紀被告は無期懲役

(求刑・死刑)、1件にかかわった元看護師の石井ヒ

ト美被告には懲役17年(求刑・無期懲役)が言い渡

されました。池上和子元被告(求刑・死刑)は判決前に

拘置所で病死(子宮がん)しました。

 

吉田、堤、石井の三人は控訴しましたが、棄却され、

堤、石井の刑は確定しました。吉田はその後、最高裁

で死刑が確定します。

 

吉田純子の最後は?

 

2016年(平成28年)3月25日午前、吉田純子の

死刑が執行されました。

 

 

この事件は、その後、

黒い看護婦(森功、新潮社)

という本の題材になったりして、話題になりました。

 

 

 

bannner tyuuko

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